*下北沢
- 館主
- 2024年5月24日
- 読了時間: 3分
更新日:2024年6月26日
記者:橋本光弘

久しぶりに関東に戻りました。
下北沢に寄ったときの感想などを書こうと思います。
■関東は地形が恵まれている
連続性のある高低差は素晴らしい。水の流れや風を生み出す。窪地に鉄道が走り、周辺は商店、遠ざかるほどに坂になり気づけば遠くまで見渡せる。
関東に住んでいるときは気づかなかったが、関西ではこの地形が少数しかない。都心の丘陵地というのはこんなに貴重だったんだなと。
■消費者の解像度
駅を降りて気づくのは洗練された建物の多さ。地域所得や商圏の大きさを物語っている。住宅地側へと歩みを進めると古い家や新しいビルなど混在しているエリアが多い。けれど違和感ない、歩いてる人や商売してる人の熱量が生きている感じがする。この状況をどう言葉にすればいいのかよくわからない。
昨今の中崎町には個性らしきものが雑居ビル内くらいしか残っていなくて、気づけばどこの街にもある喫茶店やなんでもない商売が増えている。供給側の解像度もさることながら消費者の解像度の低さが目に付く。
東京の強さは、供給者が個性強めにバンバン出してるのに消費者が解像度が高いので、結果的にみんなが思い描いている街の解像度を維持している。最大要因はマスコミの演出なのだろうが「消費者の所得の大きさ」「オーナーの所得の大きさ」「地域の理解解像度」は関東一円の特徴だと思う。一口に言えばお金を持っていて洗練されているかどうか。この傾向は鎌倉・軽井沢といったエリアで感じたし双方のズレが少なかった。
オーナーの所得がなければ安定したクオリティは出せないし開発しようがない。高付加価値に耐えられる消費者がいなければ価値観が育ちようがない。
■空き地の大事さ
下北沢で一番驚いたのは空き地を休憩スペースと提供していたことだ。人工芝で寝そべってる人の幸せや近隣の商店の商売を支えることで空き地の価値を支えている。
空きスペースを許容しないと、安易な駐車場、流行商売、賃貸マンションが乱立する。方向性が失われ、オーナーも損してまで価値を高める意味がなくなり、とにかく小刻みに開発されどこでもできる商売は日銭稼ぎのために叩き売りを始める。価値のわからない消費者だけが目的なくウロウロする街になる。人の割に消費行動がなく焦った地域はよくわからない地域テーマを発信しはじめて消費者の解像度がさらに低くなる。
小さな諦めが大きな諦めに雪崩打つ前に、10年単位のバルク開発する視点が大事なのだろう。
空き地というコモンスペースは供給者には成長余地であり、消費者には解釈余地になる。
■結論
10年単位のどっしりとしたビジョンで供給者も消費者も理解しやすい街の解像度を高める企画が大事なのだろう。











